三鷹についてのレファレンス事例集

  • 質問:吉村昭について知りたい

    回答:小説家。昭和44(1969)年から三鷹市井の頭に住み、平成18(2006)年死去。妻は小説家津村節子。昭和41(1966)年、『星への旅』で太宰治賞受賞。主な作品に『戦艦武蔵』『深海の使者』『ほふぉん・しいほるとの娘』『破獄』等。

  • 質問:津村節子について知りたい

    回答:小説家。昭和44(1969)年から、三鷹市井の頭に住む。昭和40(1965)年『玩具』で、芥川賞受賞。主な著作は『さい果て』『流星雨』『智恵子飛ぶ』『紅梅』等。平成27(2015)年、女性として三鷹市初の名誉市民となる。

  • 質問:三鷹市名誉市民について知りたい

    回答:現在、武者小路実篤氏(小説家)・山本有三氏(作家、劇作家)・鈴木平三郎氏(第3代三鷹市長)・福王寺法林氏(日本画家)・古在由秀氏(天文学者、元国立天文台長)・宮﨑駿氏(アニメーション映画監督、三鷹市立アニメーション美術館(三鷹の森ジブリ美術館)館主)・津村節子氏(小説家)の7名が名誉市民となっている。

  • 質問:武者小路実篤について知りたい

    回答:小説家、劇作家。昭和12(1937)年から昭和30(1955)年まで、三鷹市牟礼に住む。昭和26(1951)年文化勲章受章。同年三鷹市初の名誉市民となる。

  • 質問:山本有三について知りたい

    回答:劇作家、小説家。昭和11(1936)年から昭和21(1946)年まで三鷹市下連雀に住む。昭和33(1958)年、三鷹市名誉市民となる。

  • 質問:太宰治について知りたい

    回答:小説家。昭和14(1939)年から昭和23(1948)年まで、三鷹市下連雀に住む。戦後、三鷹駅前に仕事場を持ち執筆活動をする。禅林寺(三鷹市下連雀)に墓がある。

  • 質問:森鴎外について知りたい

    回答:小説家。禅林寺(三鷹市下連雀)に墓がある。元々は墨田区向島の弘福寺に埋葬されていたが、関東大震災で寺が全焼したため、昭和2(1927)年に禅林寺に墓が移された。「森林太郎墓」と刻されている。

  • 質問:田中英光について知りたい

    回答:小説家。昭和10(1935)年、太宰治に弟子入りする。昭和24(1949)年、禅林寺にある太宰の墓前で自殺する。主な著作は『オリンポスの果実』等。

  • 質問:瀬戸内晴美(寂聴)について知りたい

    回答:小説家。昭和26(1951)年から昭和29(1954)年まで、三鷹市下連雀に住む。主な著作は『夏の終り』『かの子撩乱』『寂聴古寺巡礼』等。また「源氏物語」の現代語訳でも知られる。平成18(2006)年、文化勲章受章。

  • 質問:今官一について知りたい

    回答:小説家。昭和17(1942)年から昭和40(1965)年まで、三鷹市上連雀に住む。太宰治の「桜桃忌」は、今官一の命名である。主な著作は『壁の花』『海鴎の章』等。

  • 質問:武田繁太郎について知りたい

    回答:小説家。昭和27(1952)年から三鷹に住む。昭和61(1986)年死去。主な著作は『生野銀山』『沈黙の四十年』『風潮』等。

  • 質問:吉野左衛門について知りたい

    回答:俳人。明治12(1879)年、三鷹市野崎に生まれる。大正9(1920)年死去。正岡子規に入門し、近代俳句確立期に俳壇の主流となる。主な著作は、句文集『栗の花』等。

  • 質問:亀井勝一郎について知りたい

    回答:評論家。昭和9(1934)年から昭和11(1936)年まで、三鷹市下連雀に住む。太宰治と親交があったことでも知られる。主な著作は『日本人の精神史研究』『大和古寺風物誌』『愛の無常について』等

  • 質問:大仏次郎について知りたい

    回答:小説家。大正9(1920)年から大正10(1921)年に井の頭公園近くに住む。主な著作は『赤穂浪士』『パリ燃ゆ』『帰郷』等。

  • 質問:三木露風について知りたい

    回答: 詩人。昭和3(1928)年から三鷹市牟礼に住む。昭和39(1964)年死去。主な著作は『廃園』『寂しき曙』『白き手の猟人』等。童謡「赤とんぼ」の作詞家としても知られる。

  • 質問:小林美代子について知りたい

    回答:小説家。昭和30(1955)年頃、三鷹に住む。昭和48(1973)年、井の頭で死去。昭和47(1972)年、三鷹図書館(旧館)で「著者を囲む会」を開いた。『髪の花』で群像新人賞、主な著作は『繭となった女』等。

  • 質問:吉田一穂について知りたい

    回答:詩人。昭和16(1941)年から三鷹市井の頭に住む。昭和48(1973)年死去。主な著作は『未来者』『海の聖母』『桜花村』等。

  • 質問:宮柊二について知りたい

    回答:歌人。昭和31(1956)年から三鷹市井の頭に住む。昭和61(1986)年死去。歌誌「コスモス」を創刊した。主な著作は『多く夜の歌』『独石馬』『日本挽歌』等。

  • 質問:三鷹の名の由来について知りたい

    回答:「三鷹」という名称ができたのは明治22(1889)年、上連雀、下連雀、井口新田、深大寺新田、大沢、野崎、新川、中仙川、北野、牟礼の10カ村の合併により三鷹村が成立した。

  • 質問:三鷹市内の地名の由来を知りたい

    回答:三鷹の地名のほとんどは、江戸初期に成立した牟礼村・大沢村・中仙川などと、それ以後に開発された連雀村(下連雀)・連雀村新田(上連雀)・井口新田・深大寺新田・野崎村など、江戸中期にかけて成立した村々の小名、字や地元の通称名として付けられた。